一年間の活動を振り返って
副理事長  大藤 佳子
この会を立ち上げるためのスタッフが初めて一堂に会したのは平成13年4月15日、チャリティコンサートの開催日でした。 山本五月さん・栄さんご夫妻のご厚意で、松山市窪野町にある民家を提供していただいてバザーや炊き出しを行い、近くの上関公民館で四国フィルハーモニー管弦楽団によるアンサンブルが屋外まで心地よく響きわたりました。
また、私の友人で「あいテレビ」のアナウンサー(当時)の重橋秀香さんが司会者(ボランティア)として華を添えてくださいました。 その後、たまたま来松されていたバーブ佐竹さんが、山本さんと懇意にされているというご縁で急遽、歌謡ショーまで開かれ、記念すべき1日となりました。
駐車場がないため窪野町の皆さんにも交通整理をしていただくなど多大なご協力をいただきました。
入場者数は112名で、スタッフ数は50名でした。スタッフは、がんの子供を守る会の方々をはじめとして、愛媛大学医学部看護学科の中村慶子先生(愛媛大学医学部付属病院/小児科病棟の初代婦長さんです)が連れてきてくださった、助手の薬師神先生や学生さん、愛媛大学の小児科病棟で働いたことのある懐かしい看護婦さんたち、また長い闘病生活を送った今井貴博くんのお母さんの友人である武田薫さんとそのグループの方々でした。 
今のラ・ファミリエの強力なメンバーを得ることができ、収益も20万円余りもあって経済的基盤を得ることができました。
「ファミリーハウスを作ろう集会」では以下のような話をして会の趣旨をご理解いただきました。
この模様は、NHKのニュースにもなりました。
    
     大藤佳子:ラ・ファミリエの立ち上げの経緯説明
       1)且R装いこいの家と船ヶ谷の家の2軒をファミリーハウスとして使用して
          構わないという申し出が発端
       2)がんの子どもを守る会とは別組織として、オープンな会を目指す
       3)NPO(民間の非営利団体)として立ち上げ、将来はNPO法人に

     石田也寸志:愛媛県でファミリーハウスが必要になってきた背景の説明
       1)小児ガンに関しては愛媛県でも東京などの中央と変わらない高度の医療
          (骨髄移植など)が可能になってきた
       2)愛媛県の場合、南予・東予からの治療のために入院・通院し、家族の負担
          ・精神的負担が大きい。
         愛媛県立中央病院では県外からの患者さんもいる。

     今井 博:長男の骨髄移植(愛媛県で小児第1号)のときの経験から
       1)治療のためにアパートを借りたこと
       2)移植中、往復1時間かかるお風呂に行くのも出来なかったこと
       3)経済的な負担が大きかったこと

     武田 薫:ハワイのマクドナルドハウスを見学した時の話
       1)ボランティアコーディネーターの必要性・重要性
       2)食料品・生活必需品の調達 (地域からの提供)
いこいの家でのチャリティーコンサートでご協力いただいた方々に運営委員をお願いし、5月に設立総会を行い、いのうえ小児科に事務局を置いて連絡体制を整えました。
その後の具体的な活動に関しては、後述する活動概要・決算報告ならびに各運営委員からの詳細な活動報告をご覧下さい。

6月1日にはあいテレビに出演させていただき、「ファミリーハウスとは何か」と「難病の子どもをもつ家族の大変さ」を話しました。それを見た一般の方からは、いろいろなお電話いただき支援の輪が着実に広がっていくことを感じて嬉しく思いました。

運営資金面では、会の目的の先駆性・社会性・効果性を高く評価いただき、松山市NPO立ち上がり支援事業とまつやまNPO海外等研修支援事業の助成をいただけることになりました。また、ドナルド・マクドナルド・ハウス財団からも助成をいただき、これは主にセカンドハウスを借りる費用に充てました。
また、四国フィルハーモニー管弦楽団演奏会の後援をして、10月のファミリーハウス支援チャリティーコンサートでは、寄付をいただきました。

10月からはセカンドハウスの運営も始まり、サポーターの方々に毎週活動を行っていただきました。 セカンドハウスができたことは、NHKのニュースになりました。
みんなの生活展には井上さんと愛媛大学医学部看護学科学生ボランティアグループ「ラ・ファミリエ」がアンケートを元に立派なパネルを作り、参加しました。愛媛県立中央病院でのクリスマス会には、仙波さん・安倍さん・小黒さんがこの会から参加してくださり、サンタになったりセカンドハウスの紹介をしたりしました。

年が明けて2月には、滞在施設視察のため、山本さん・武田さん・薬師神さんが福島県と東京に行きました。パンダハウスではその地道な活動と行動力に、カルチャーショックを受けたそうです。その途中にファミリーハウス全国ネットワーク会議が開催され、私と学生の高橋詩野美さんが加わりました。 全国のハウスを運営している方々から、いろいろな情報を得るとともに、厚生労働省の方から、ハウス建設の補助金の話をお聞きして帰りました。

3月にはテレビ愛媛の一色美和アナウンサーが綿密な取材をしてくださり、特集として放映されました。 また、活動報告会は、運営委員自身が会の活動を振り返るよい機会となり、また新たな支援者も得て、有意義な会となりました。その後は、愛媛でのファミリーハウス建設の話が進み、会の法人化の手続きが必要となりました。 

「ラ・ファミリエ」とはフランス語で「家族」を意味しており、学生ボランティアグループの名称を譲り受けました。設立当初の予想を越えて、この会の活動は新たな広がりをみせていますが、地に足のついた活動を目指し、今後も着実に進んでいきたいと思っています。
大藤 佳子