| 副理事長あいさつ(旧名称・事務局長) |
| 副理事長 大藤 佳子 |
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| もう2年近く前になる平成12年10月の終わり頃、助産院「ファミリーハウス」に育児休暇中の私とがんの子供を守る会の方々が集まりました。そこは県立中央病院に約半年間入院して治療を受けた女の子の母親が開業している助産院で、名前が「ファミリーハウス」というのには、今でも不思議な縁を感じます。その母親が、長女の突然の入院と病名の告知で計り知れない不安を抱いた上に、仕事でもいつお産が始まるか分からない妊婦さんを抱えた状態で、大変な入院生活を送っていたと言うことを、本当に理解できたのはこの時でした。毎日の忙しい治療の中で、家族の抱える状況を本当に理解し支援することは、かなり難しいと改めて痛感しました。しかし、ゆっくりとお話を聞くことができ、その母親は「ずっと抱えていた疑問・不安・わだかまりなどが消えた」と言ってくださいました。また、同じような体験を共有することが本当に重要だということも痛感しました。この時が私の中でラ・ファミリエが誕生する瞬間だったように思います。 |
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その後も、本当に不思議な縁で賛同者が増えていきました。今井貴博くんが愛媛大学医学部小児科で初めての自家骨髄移植を受ける時に、骨髄を冷凍保存するために必要な血液を提供していただいたのが武田薫さんで、今井くんのお母さんの友人でした。この年の10月頃、ある講演会で偶然武田さんにお会いし、「友人として闘病中の母親に何と声をかけていいかわからなかった」とお聞きしました。それがきっかけで、ファミリーハウスの話をし、チャリティーコンサートのボランティアをお願いすることになりました。 |
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会の発足後は、「いこいの家」を提供してくださった山本さんご夫妻をはじめ、設立総会をする際に総務としての敏腕を発揮してくださった薬師神さん、事務局での仕事と「セカンドハウス」の運営で大変な労力を提供してくださった、大森さんや武田さん(とそのグループの方々)、会のポスターや封筒のデザインをしてくださった佐藤順子さん、事務局の電話を受けたり法人化の書類を作り何度も県庁に通ってくださった長岡さん、また、宇和島から応援してくださった今井さんご夫妻など、本当に多くの方に支えられながらの1年でした。
活動報告の前に、皆様のご支援に対し、この場をお借りして御礼申し上げます。
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| 大藤 佳子 |
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